荒野の食卓 ウォッチマン・ニー 2月22日

2020-02-22 | 00:20

私たちは、律法が霊的なものであることを知っています。
しかし、私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です。   
                       ローマ 7-4


もしあなたにとても不器用な使用人がいたとします。
そして彼は静かに座って いるだけで何もしません。
そのとき、彼の不器用さは表に現われません。

もし彼 が一日中何もしなかったら、あなたの役にはたたないでしょう。それはそうです。
しかし少なくとも彼がそうしていれば何の損害も出さずにすみます。
しかしあな たが、「ちゃんとしてくれ。時間をむだにしてはいけない。
立って何かしなさい」 と言ったとたんに問題が生じます。

彼は立ち上がろうとして椅子をひっくり返し、 2,3歩いくと足載せ台につまずき、
高価な皿を手にしたかと思うとたちまち割 ってしまいます。

もしあなたが指図しなければ彼の不器用さは気づかれることが なかったでしょう。
しかしあなたが彼に何かするようにと命じた瞬間、彼の不器 用さは
たちどころに明らかにされます。
私たちみなにとって、命令はまったく正 しいのですが、
人間自体が完全に間違っているのです。

なぜなら私たちはみな生 まれながらの罪人だからです。
問題は律法なしには私たちがそれに気づかないこ とです。
神が私たちに何もお命じにならない限り、すべてが順調のように思えます。
私たちの罪深さの壮大な展示の機会は、
神が私たちに何かをお命じになった ときにやって来ます。
「戒めによって、極度に罪深いものとなりました」。  

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