荒野の食卓、ウォッチマン・ニー 3月5日

2020-03-06 | 00:20

世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のし たことも語られて 
この人の記念となるでしょう             
マルコ14-9


 なぜ主はこう言われたのでしょうか。
福音はこのような行動を引き起こすよう にできているからです。
このためにこそ福音は存在します。福音は罪人を満足さ せるためにあるのではありません。
神を賛美しましょう。罪人には罪人の果たす べき分があるのです。
神は罪人の必要を満たし、祝福の雨を罪人に降らせてくだ さいます。
しかしそれは福音本来の目的ではなく、福音の副次的な祝福と言える かもしれません。
福音はまず第一に神が満足されるために宣べ伝えられなければ なりません。
しかし私たちは次のことを忘れてはなりません。
すなわち自分自身 を主に対して「消耗させる」ことなしに

主は決して満足されないということです。
あなたはもう十分に主に捧げていますか。
いいですか、神の奉仕において、消耗 の原理はすなわち力の原理です。
神のみ手の内で真に役立つものは、その消耗の 度合いによって知られます。
私たちの主に対する働きの源は主への献身であり、
またあらゆる働きの実も主への献身がもたらすのです。

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