荒野の食卓、ウォッチマン・ニー 4月14日

2020-04-15 | 00:20

枝をもって、祭りの行列を組め。祭壇の角のところまで。
                                                      詩篇  118-17



ヤハウェの祭壇の上に置かれた火による捧げものの目的はなんだったのでしょうか。
神に完全に焼き尽くしていただくためでした。
動物は捧げる者の財産にあわせて、小牛であったり、
羊であったり、鳩であったりしたのですが、
それらに共通して要求されたことは完全に焼かれることだったのです。
神は完全ではないいけにえをお受け取りにはなりません。
今日、祭壇が意味するものは神のために何かすることではなく、

神のための何者であるかなのです。
神は私たちの働きをではなく、私たち自身を求めておられます。
断末魔で捧げられた旧約聖書の供えものとは違って、
新約聖書の捧げものは「生きた供えもの」(ローマ12.1)なのです。

祭壇の意味は私たちの生活そのものを神に捧げ、
まだ生きているところを必ず焼き尽くしていただくことなのです。
まだ生きているのは、まだ焼き尽くされていないのです。

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