学び聞き取り コリント第一 Ⅴ

2020-09-24 | 00:20

私たちが自分自身を振り返って、自分は肉に属しているのではないだろうか
あるいは魂の人の状態に留まっているのではないかと
そのように気付いたとすれば、それは素晴らしい事ではないでしょうか。
ローマ書 12-1~2
霊的な礼拝とは一体何でしょう。それは私たちの体を神に受け入れられる
清い生きた供え物として捧げるという事ではないでしょうか
パウロは別の箇所で、私はキリストと共に十字架に付けられたと言っています
私たちの体はもう既にキリストと共に十字架に付けられた
ですから私たちは新しくされた霊によって
新しい命によって神の力によって生きて行く事を求められているのです
この世と調子を合わるな、外側の刺激を求めるなという事です
そうではなくて、心の一新によって自分を変えなさい
内側から清められることを求めなさいとパウロは言っているのです
ローマ書 12-3~21は
私たちが自分を吟味するための大切な御言葉が書かれています
自分が霊によって歩んでいるのか、魂によってなのか
それを峻別するために具体的な基準となる事が書かれています
私たちがキリストの器官として必要な働きをしているのか
勤勉に主に仕えているのか、祈りを疎かにしていないか
心を一つにして歩んでいるのかどうか、
そういう事がローマ書12-3以下に書かれていますが
もし、このような御言葉に照らして私たちがそうではないなら
私たちは自分の魂に添えて知性、感情によって歩んでいると
言えるのではないでしょうか
ヨハネ第一、1-5  
ローマ書12章に照らして自分の中に罪があると気付いた時には
それを正直に主に告白する必要があるという事です
私たちが肉の人、魂の人として歩いていたのだと
正直に告白するなら主は私たちを正しい方向へ導いて下さる
霊の人として歩むように私たちを内側から清めて下さる
この事を聖書は教えてくれているのだと思います。

Comment

Post a comment

Secret