学び聞き取り コリント第一 Ⅵ

2020-09-26 | 00:20


二番目にイエス・キリストについて考えてみたいと思います
コリント第一 3-10,11
パウロはここで自分を賢い建築家のように土台を据えたといいました
これは勿論、神の恵みによってという言葉によりますが
賢い建築家のように土台を据えたという意味は
イエス・キリストという土台をあなたがたの中に据えたという事です
他の人、アポロを含め他の主の弟子たちの上に家を建ててと言っています
私たちもパウロを初め信仰の先達、沢山の信仰の先輩たちによって
貴重な土台を据えて頂いた者なのではないでしょうか
そして、その土台の上にどのように家を建てていくのか
私たち一人一人の責任だと言っています
建物を建てるうえで土台が最も大切なものである事に異存はないでしょう
もし土台、基礎工事がいい加減であれば
その上にどんな立派な建物を建てても崩れてしまいます
そして土台の強さによって、その上にどんな建物を建てられるのかが決まります
一般の家庭の土台と高層ビルの土台では当然規模が違います
もし私たちがイエス・キリストを土台とするなら
その上にならどんな建物でも建てる事が出来るのです
そしてどんな激しい火災が起こっても土台は残ります
私たち人間の働きに関わらず土台は燃える事なく残ります
イエス・キリストという土台、これを私たちは意識する事が大事です
そして、その土台に相応しい家を建てる事が求められています
御言葉を土台として歩むという言い方をしますが同じ意味ですね
イエス様を土台として歩む、イエス様を私達の基礎として歩む
これが御言葉を土台として歩むという事です
私たちが救われるという事は言葉を変えて言うなら
イエス様を土台として持つ事、御言葉を土台とする事ではないでしょうか
イエス様という土台の上にどのような建物を建てていくのか
これは毎日の私たちに与えられた課題なのではないでしょうか

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