学び聞き取り コリント第一 九

2020-11-03 | 00:20

6-4~7
私たちキリスト者は現実の問題として色々な事件に巻き込まれます
不正な取り扱いを受ける事もあるのです
その時に同じ土台に立つキリスト者が仲裁に当たって問題を
解決する事が大事だとパウロは言っています、しかし更に問題の解決が難しくて出来ない場合
私たちは不正すらも余んで受けなければならない者です
これはこの地上の原則、常識からみると愚か事な事です
自分の権利が侵害されているのにそれを黙ってう受け入れる、
これは愚かな事に見えますが主イエス様の救いに与った者には
このような状況のの元、全く別の意味を持つのです事
このような取り扱いを通して私たちは主イエス様の十字架の
意味を更に学ぶべきであるという事を私たちは知るようになったのです
よく知られている山上の説教の中に
マタイ伝 5-38~48
自分が不正な取り扱いを受けあるいは欺かれる、これは不愉快な経験ですが
その中で十字架の学科を学びイエス様をよりよく知る事は
私たちにとっては非常に大切な事です
ペテロ第一 2-22~24
正しく裁かれる方に任せる委ねる、これはキリスト者だけに許された特権でしょう
例え不正な取り扱いを受けたとしても欺かれたとしても
神が正しく裁いて下さる、この確信が私たちには大きな財産ではないでしょうか
6-8
ここでは不正を受けた人から不正を行った人に対してパウロは語ります
これまでは不正を受けた人に対して語ってきましたが
8節では不正を行った人の事を取り上げています
互いに訴え合う事は悪い事ではありますが不正を行う事も悪です
そのような事をしている者は神の国を相続する事は出来ないと言っています
6-9,10
だまされてはいけない、とパウロが言います
ある人は大変に簡単に信仰告白をしたりしますが、周りの人たちは
彼は信仰告白をしているのだから天国へ行ける、救われていると言います
パウロはここで騙されてはいけないと厳しく言っています
列挙されている罪の程度の大きい場合、神の国は相続出来ないのです
ギリシャの神殿では偶像礼拝、姦淫、神殿娼婦、男娼が公然を行われ
それをし続けるながら罪の意識を持たないとしたら
そういう者は神の国を相続する事は出来ないのです
そして、そんなことも分からないのかとパウロは言っています




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