使徒行伝 11-15~18

2019-12-25 | 15:07



15-そこで私が話し始めていると、聖霊が、あの最初のとき
私たちにお下りになったと同じように、彼らの上にもお下りになったのです。

17-こういうわけですから、私たちが主イエス・キリストを
信じたとき、神が私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、
どうして私などが神のなさることを妨げることができましょう。」

18-人々はこれを聞いて沈黙し、「それでは、神は、いのちに至る
悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ。」と言って、
神をほめたたえた。


あの最初の時とは五旬節の日に天から炎のような舌が現れて、
ひとりひとりの上に留まって、みなが聖霊に満たされ
御霊が話させてくださる通りに他国のことばで話出した (使徒行伝 2-2~4)

当初、聖霊は使徒たちだけの特権で
使徒たちの手によって聖霊が与えられるものだったようです
彼らの業を見て信じる人が増えていったのは
イエスの最初の伝道に似ているのではないでしょうか

すぐに信じた者に与えれるようになったようで
そして、聖霊は「私たちが信じた時に下さる賜物」だと書かれてあって
特別な儀式などいらないのです

聖霊を頂くと心の中がどことなく今までとは違うと自分が分かるものです
気にならなかったものが気になり、気になって仕方のなかったものが消し去ります

イエス様は人々に悔い改めなさい、神の御国が近づいたからと言われました

悔い改めはいのちに至るものであり、
私たちが度々やっている反省とは大きく違います
反省は自分の意思でやりますが、悔い改めは聖霊の働きかけがあります
一度悔い改めた事は口に出すのさえも嫌になり
それから離れたいとの思いが強くなるものです

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