マタイ伝 16-24

2020-01-17 | 00:20


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24-それから、イエスは弟子たちに言われた。
「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、
自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」

この世の人は罪悪感に苛まれると十字架を背負って生きて行くなどと言う
キリスト者は赦された者であるし、これから犯す罪をも赦された者なので
そういう意味の十字架には縁がない

イエス・キリストはこの世に来られた時から見えない十字架を負っておられた
その為にこの世に来られたのだから
キリストを愛する者と変えられた私たちはその後を歩きたいと思う
多分、誰でもそう思うものだろうと思う
イエスはそうしたいなら、まず自分を捨てなさいと言われる
そして目に見えない一人一人の十字架を負いなさいと言われる
それはこの世の人が負うと勘違いしている重いものではない

イエスを愛している私たちはイエスと同じ道を歩きたいのだ
その道は十字架を負って歩く道なのだ
あなたがたはわたしのゆえに世に憎まれますとイエスは言われましたが
イエスに従うと心に決めたなら
十字架の喜びも、十字架の苦難も共に味わう覚悟をした事なのだ

わたしについて来なさい
こんなに嬉しいお言葉があるでしょうか





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