荒野の食卓 ウォッチマン・ニー 2月15日

2020-02-16 | 00:20

    私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。                            I ペテロ 1.3  


この感嘆文はペテロとパウロの両者の手紙に現れますが、
これはこの二人の真 実な霊が自然に現れ出たものの中の一つです。
これを通して私たちは彼らの人と なりをうかがい知ることができます。

神はこうした個人的な要素がメッセージを 通して伝わることをお許しになりました。
それはただ単に私たちが何を語るかと いうことが問題なのでは決してなく、
私たちがなんであるかが問題とされるから なのです。  

みことばを語るのは私たちの特権ですが、
私たちの中で神の御告げを体現しているものは一人としていません。
私たちは自分の個人的なものを持ち出さないで 神のことばを語ることはできません。
私たちの多くはすばらしいメッセージを語 ることができますが、
自分から出た一つの言葉がメッセージすべてを確証する力 にもなれば、
すべてを台無しにする力にもなるのです。

「心に満ちていることを 口が話すのです」。謙遜であろうが反抗的であろうが、
十字架によって変えられ ていようがまだすっかりそのままで砕かれていない状態であろうが、
真実が現れ 出なければなりません。神は役者をお用いになることができないからです。
私た ちの霊は、私たちの言葉の中で明らかにされます。

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